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    弘世助三郎 日本生命創業者



    弘世助三郎(ひろせすけざぶろう) 
    日本生命創業者

    近江国彦根川添家の次男として生まれ、おじに当たる商人弘世助市の養子
    となります。(4歳)

    第百三十三国立銀行が創立されると、その取締役支配人に挙げられ、のちに頭取に就任。

    1886年(明治19年)には滋賀県会議員に当選。

    当時滋賀県知事であった中井弘の紹介で同県警察部長片岡直温を事業の片腕とし、
    鴻池善右衛門や岡橋治助ら関西財界の重鎮の協力を取り付け、1889年(明治22年)
    有限責任日本生命会社を創設しました。
    初代社長は鴻池善右衛門です。

    第百三十三国立銀行は、後に山口銀行、鴻池銀行と合併して三和銀行(昭和8年)となり、
    三和銀行設立時、弘世助三郎は非常勤取締役になっています。
    日本生命が三和銀行の筆頭株主であった理由はここにあります。

    昭和3年には日本生命三代目社長に弘世助三郎の嫡男・助太郎が就任しています。

    弘世助三郎は
    「自分によし、相手によし、世間によし、この三方よしが事業の基本だ」
    という名言を残しています。
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    [ 2011年05月23日 02:15 ] カテゴリ:気になる人 | TB(0) | CM(0)
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